ナイア、シエテ、ノウラの候補生三人組は、進級試験を控える穏やかな日々を送っていたのだが――。
『敵意ある文書/帰らぬ二人/獣軍の爪痕/獣遣い』

――今宵再び、亡都は絶望の唄を奏でる――



『 Soul Will3 〜魂は謡う、儚き亡郷の唄〜 』

異世界ファンタジー、1冊読みきり短編シリーズ第3弾。

著者:那月&酉 / イラスト:酉&比呂

≪ 収録 ≫
 1、集いし獣軍の爪痕 文/那月 絵/比呂
 2、自壊のロンド 文&絵/酉
 3、総エピローグ 文/那月&酉
イラストは一枚絵が八枚(表紙込み)、カットが三枚。 全96ページ。



≪ コミックマーケット72(夏コミ) ≫
●日時:  8/19(三日目)
●スペース:  西せ-18a
●サークル名: ことのは
●ジャンル:  創作小説


≪絵描きの個人サイト≫
 




≪ 本文サンプル ≫


「……というわけで、この亡都シルキスハーティスの惨劇が、今日、最も近しい時代の『レギオン災害』の象徴とも言える。
 揺らぎより生まれたレギオンに人の技は通用せず、またあれらは老若男女、身分による差別もしない。人も獣もこの世のモノに等しく死をもたらす。ゆえに、人はレギオンのもたらす被害を災害と称したわけだが――」
 視線の先、全身白で塗り固めたような風貌の教官が『鋼都』の文字の下に下線と矢印を引き、『亡都』と追加している。それを真似するようノートに書き留めていれば、緩やかに己の短い黒髪を揺らし、頬を撫でて流れる風にちらり、と、窓の外を見遣る。
 穏やかな日差し。自分達が立ち向かうべき『災害』とは程遠い、心休まる風景。これを維持する事が、いつか担う役目でもあるのだと僕―――セルカト=ノウラ=イエッタは表情に色を浮かばせないまま、窓の外を眺めた。


 そのまま、いまだ続いている教官、【影喰いホロウ(ディープシャドウ)】の授業に集中しようかと視線を教壇に戻しかけると、窓際に座っている茶色の髪を湛えた候補生……あれはナイア=ウォルクスだ。彼女が珍しく、と言っては失礼だろうが、いつになく真剣にその蒼い瞳をノートに向けているのが見える。
 己の師であるリト=リタ=インフィス師と、彼女の師で今まさに目の前で授業を行っているホロウ師は仲が良い、というのか馬が合う、というのか、兎にも角にも何に付け関わる所が多い。
 もっとも、師の互いの共在魂(ゼエレ)がそれぞれ強い自由意志を持ち、しかも共在魂(ゼエレ)のくせに恋人同士だというのが何に付け関わり合いになってしまう一番の理由かもしれないが。
 ともあれ、そんな理由もあり、同じ寮生でもあり、僕と違ってナイアのほうは酷く社交的というか馴れ馴れしいこともあり。自然と彼女とも仲が良いと言える部類の関係を築いてはいる。
 仲が良ければそれなりに、彼女の事を知る事になる。だからこその「いつになく真剣」という評価で、今までの経験で思い当たる彼女が真剣になることと言えば、懐具合の厳しさを鑑みる時だの、試験前に僕のノートを写すときだの、昼食のメニューを考える時だの、そういった時に絞られる気もする。
 に、しても、だ。己の師の授業であれば、他の教官のときよりもずっと目を付けられ易いのは自明の理であるだろうに、ああして何時もと変わらない様子なのは流石だ。

 何事か独り言をもらしながら窓の外を眺めたり鉛筆を揺らしたりしているのをつい眺めていると、己の視線を白い影が横切っていく。
「俺としても、先生の事情を考えてきちんと授業を聞いてくれる生徒だと助かるのだがな」
 ああ。案の定だ。ホロウ師は酷く厳しい、というほどではなく、どちらかといえば生徒の自主性に任せる部分の多い教官ではあるのだけれど、流石に担当候補生ともなるとそうもいかないのだろう。
「ほ、ほ、ホロウ先生。あたし、ちゃんと聞いてましたよ」
 思わず顔を伏せて苦笑してしまう。言い訳は無論、良い事ではないのだろうけれど、あまりにもナイアらしい返答だったから、だ。
「では、今度の進級試験のテスト範囲に今日出したレポートも含まれるから、心して置くように。特異候補生だからと言って甘えていると、一生食堂のアシスタントをしてもらうからな。以上、解散」
 ホロウ師がそう言って授業を締めると同時、狙ったように終了の鐘が鳴る。
「特にナイア。お前が一番危ないんだからな? わかってるよな? 芋の皮向きが大好きで転職したいってのなら、俺はいくらでも紹介してやるぞ」
「は、はい。わかってますっ!」

 微笑ましい、とも言えないでもない師弟のやりとりを聞きながらノートを片付ける。そんな僕の机の前をひょこひょこと、腰まである薄紫のストレートヘアーを揺らしながら、ただそれだけで可愛らしいような仕草で通り過ぎていくハーフエルフの少女。
 シエテ=テラローサだ。僕の暗い色彩の翠眼とは違い、さわやかさを感じさせる色素の淡い緑の瞳は、今し方溜息を吐いて机に突っ伏したナイアに向けられている。
「あ、あの。ナイア、大丈夫?」
 彼女もナイアとは仲がよい。無論、僕ともそれなりに。シエテはまだ決まった師がおらず、今のところ他の候補生を受け持っていないホロウ師やリタ師に代わる代わる師事しているからだ。
 僕はノートや筆記具類を肩掛け鞄に綺麗に仕舞うと、彼女らの傍に行き声を掛ける。
「チャイムに救われたね。でも、同情はできないな。独り言には気をつけた方が良いと思うよ」
 勿論親切心からの忠告含んだ台詞なのだが、案の定ナイアから返ってくるのは自己弁護だ。分かってはいるが、つい世話を焼きたくなるのが、不思議と彼女で。


 何時も通り、他愛も無い話を交えていく。己の過去の体験からか、あまり表情の巧く動かない自分の分までというよう、くるくると表情を変える彼女達との会話は飽きる事が無い。
 特異候補生であるということは、何かしら己と近しい体験の末にガイストとして覚醒したはずだが、彼女らは特に、そんな背景を見せる事がない。
 師に恵まれたか、友に恵まれたか、その他の環境に恵まれたかー・・・共在魂に恵まれたか。
 肩掛け鞄の位置を直しながら中庭の上空、晴れ渡った空を見上げた。
 僕らが本来対峙するべき日常とは皮肉なくらい裏腹な空。
 それも今は素直に好ましく思えた。
    ・    
    ・    
    ・    
≪To be continued.≫



 レギオン災害と呼ばれる事象がある。
 地震や風雪水害とは種類を異にするそれは、有り体に言えば怪物の横行だった。

 異形の怪物レギオンが生み出す破壊と殺戮。
 レギオンはゲートと呼ばれる『揺らぎ』より発生し、周囲を蹂躙しつくしては、
 現れた時と同じようにまた何処かへと消えていった。
 繁殖するでもなく、移動するでもなく、
 この世に生まれてから破壊のみを繰り返し、消えゆく存在。

 その正体は人の負の念が集まった悪霊であるとか、意思の無い妖物であるとか、
 様々な見解があるものの、依然明らかになっていない。
 分っているのは悪霊という説が上がるよう、物理的な接触が困難であることと、
 ゲート、そしてレギオンを滅ぼすことが出来るのは、
 『共在魂(ゼエレ)』と呼ばれる特殊な力を行使する人間達、『ガイスト』だけであるということ。


 共在魂(ゼエレ)。
 文字通りの、「共」に「在」る「魂」。
 既に肉体を失った者の魂、または天使、悪魔、精霊、
 意志持つまでに永き時を経た武具など、人に在らざる魂。

 そして、共在魂(ゼエレ)を見、或いは言葉を交わし、或いは気に入られた、共に在る者達、ガイスト。

 古びた剣一本で立ち向かう戦士。
 天使の加護で奇蹟を行使する聖職者。
 悪魔と契約し力得た魔術師。
 精霊と契約しその力を借りて戦う精霊使い。

 人に在らざるモノの力を手に、彼等は厄災を払い続ける。

 復讐のため、名誉のため、富のため……そして、各々が守るべき何かのために。






 窓の外、木の葉が風にそよぐのを眺めながら、ナイアは教科書の陰であくびをした。

 黒板を叩くチョークが響く。
 視界の片隅では、全身白で身を固めた青年が『鋼都』の文字の下に下線と矢印を引き、『亡都』と追加しているところだった。
 窓から吹き込む暖かな風と草花の香りが、ノートを取っている少女を心地よいまどろみに誘う。こんな時、窓際の左端の席という物は、先生の目にも止まりづらくて良い。

 そこに、食堂で作っている昼食の匂いまで混ざってきては、尚更、授業がどうでも良くなってくるわけで。日替わり定食にするか、それとも、スパイスの効いたカレーにするか、いやいや、ここは丼物に押さえてデザートを一品つけるのも良いなどと思考が脱線していく。
 両親を亡くし、ガイストアカデミーの寮で暮らすナイアには、小遣いを送ってもらうあてがなく、対して毎月アカデミー側から支給される食券の枚数は限られている。
 育ち盛りの十六歳、真剣にもなろうというもので、ナイアはしばらく悩んだ末に、ノートの隅に描いた丼の絵に丸をつけた。
「ふぅん。パンはないのか? ホットドックとか」
 と、ふいに左隣から声がかかった。
 少年の声、たぶんノウラだろうと検討をつけて、ナイアはトントンと鉛筆でノートを叩きながら答える。
「んー、あるにはあるんだけど、すぐに売り切れちゃうのよ。まして、今日は一つ前の授業がホロウ先生じゃない。先週みたいに『最後にこの問題が解けた人から退室して良し』なんて、やられたらたまんないわけよ」
「ああ、なるほど」
「忙しい生徒の事情ってモノを考えてくれないのよねー」
 左の窓から吹き込む風に髪がなびく。
 と、ナイアは鉛筆を揺らす手を止めた。
 声が、窓の外から聞こえてきたことに気づいたのだ。
 もちろんノウラは教室の中にいる。
 それなら、この声は一体誰なのか。
 邪魔な髪を耳にかけ直しながらナイアは声の主を確認するべく、教室の外、窓の方を向いた。

 誰も居なかった。

 澄み渡る青空の下、窓辺の樹は初夏の日差しを存分に浴びて、その腕を広げ、枝の隙間からは向かいの教室の窓が見える。そのまま視線を下に落としてみるが、中庭に咲き誇る花以外、声の主らしい人影は見当たらなかった。
「あー…。化かされたかぁ」
 ナイアはありのままの現実、”そこには初めから誰も居なかった”、と受け入れた。
 ここガイストアカデミーには、少々特殊な生徒、教員が集まっているせいか、いたずら好きの幽霊も多く存在する。けれど、こんな風に昼間から堂々と話かけてくるのは珍しい。ガイスト候補生の授業を邪魔したらどんな目に会うのか、知らない彼らではないはずだ。
 新入りでも増えたのかしら、と呟こうとしたナイア頭の上で咳払いが聞こえた。
 続けて、よく通る青年の声が耳に届く。
「俺としても、先生の事情を考えてきちんと授業を聞いてくれる生徒だと助かるのだがな」


    ・    
    ・    
    ・    


 ふいに後ろの席で、笑い声があがった。
「此処のアカデミーで質が高いのは教官ばっかりかよ」
 椅子の背に腕をおいて、振り向きながら話かけてきたのはナイアの知らない少年だった。
 シエテの知り合いかと、そちらむけば彼女も首を横に振った。どちらの知り合いでもないなら、遠慮することはない。
「何よっ。女の子の会話を盗み聞きしてるなんて。えっち」
 ナイアはスプーンの先を少年に向けて、叱り付けた。
 浅黒い肌にこの青空と同じブルーの瞳、毛先の跳ねた金色の髪からは、長い耳が空に向けて飛び出している。ハーフエルフのシエテの耳が僅かに垂れているのなら、この少年の耳はピンと先までのびていた。
 生粋の妖精種、エルフだ。
 ふいにスプーンの前に、真っ白な獣がぬっと顔を出した。
 ナイアは小さな悲鳴をあげて、逃げるように椅子から立ち上がった。曲がったスプーンが小さな音を立てて、床の上に落ちた。
 その獣は、さっきまで少年のテーブルの下に居たようだった。
 青ざめた顔のナイアとは対照的に、シエテは歓喜の声をあげて獣の方に身を乗り出した。
「わぁ。可愛い……犬」
「ミーシャは狼だよ。南の方には結構いるんだけど、この辺じゃ知らないかな? 触ってみる?」

    ・ ・ ・ ・    

 ナイアの肩が怒りに震える。
「ロンドが何処のクラスの生徒か知らないけど、ここの生徒だったら、【戒めのナイア(シールブレード)】の名前くらいは聞いたことがあるでしょう」
「あ、あの。ナイア、落ち着いて」
 ナイアのマントの下が不自然に動き出したのに気づいて、シエテは声をかけた。主の怒りにナイアのゼエレ共在魂である【裂けない刃(ノーリッパー)】が反応しているのだ。
 しかし、ロンドは姿勢を崩さずに、
「へぇ。じゃあアンタが、あの影喰いの弟子か。聞いてるぜ。【無敗のアドゥーワ(ツールボックス)】を退け、聖女教会の聖女ヴィヴィニー=フログマの護衛を努めたっつー……」
 一呼吸おいて、
「十六歳の見習いガイストのことだろ。たったそれだけの任務で、偉くなった気で居るなら、小さいなぁ」
 わざわざ、見習いの部分を強調して言った。
「そんなのあたしたちの勝手でしょ。それに、あたしはちゃーんとレギオン退治をしたことがあります。渾名だってホロウ先生につけて貰ったんだから」
「どうせ、教官付きの訓練の一環で、だろ。今まさに襲われている村に尋ねたことはあるか? これ以上レギオンを湧き出させないよう、ゲートを探し出して潰したことは? 無いはずだ。訓練用のレギオンは、先に教官がゲートを潰して置くからな」
 ナイアは返答に詰まった。
 これまで、何度かレギオン退治に出たが、危なくなったら誰かが助けてくれる。そんな、戦い方をしてきたから。
 そんなナイアをロンドは笑った。
「……やっぱりな。【影食いホロウ(ディープシャドウ)】は、アンタくらいの年齢の時にはもう単独任務をこなしていたって話だ。それも、新人にはそうそう任せて貰えない類のをさ。あの影食いの弟子ならどれだけ凄いのかと思いきや、期待外れも良い所だな」


    ・    
    ・    
    ・    


 広い石畳を遠乗り馬車が駆けて行く、休日の大通りは大勢の人と露店で賑わっていた。
 隣国、ノアフ・アルザ領から観光に着たと思しきドレスに身を包んだ夫人、沢山の荷持つを抱えた行商人、キャンディ屋で固く握った拳を片手にお菓子を選ぶ子供。
 ナイアは、贔屓にしている店の前を早足で通り過ぎた。せめてショーウィンドウだけでも覗きたいのをぐっとこらえて、鞄の持ち手を握る。
 鞄の中で、筆箱の中の筆記具がぶつかり合い音を立てた。
「あ〜ぁ。折角、外出許可が下りたのにレポートかぁ……」
「また今度、進級試験が終わったらみんなで遊びに来ようよ。ね? ほら、パレードやお祭りもあるし」
 そう言って、シエテは連れを励ました。
 ナイアは、そんなハーフエルフの少女の手元に視線を落とした。『獣軍(レギオン)災害の爪痕 〜亡都シルキスハーティス〜』という文句に彩られたパンフレットは、美術館で無料配布していたものらしい。よくよく辺りを見れば、通りのあちらこちらに同じ図柄のポスターが、下に矢印を付け加えた状態で貼られている。
 その矢印を辿った先が、ナイアたちの目的地だった。
 パンフレットの説明によるとシルキスがレギオンによって滅ぼされた後、数々の芸術品や当時の資料となりそうなものをかき集め、後世にこの恐怖や危険性を訴える目的で作られたものらしい。
 この特別展示が開かれているのを知っていて、先生はレポートの宿題を出したのだろうと思った。参考資料にするなら実物を拝むのが一番だ。
「パレードかぁ……。その頃、俺まだ王都に居るかなぁ?」
 浅黒い肌をしたエルフの少年が、今さっき早足で通り過ぎたショーウィンドウを覗き込みながら言った。ガラスに傍らにいる白狼の姿が反射して映る。
 人の多い王都でも浅黒い肌のエルフが珍しいのか、先ほどから連れの狼共々、街の人の視線を集めていた。
 そんな少年を、ナイアは半眼で睨みつけた。
「ちょっと、何でここにロンドが居るのよ? ノウラは?」
 ノートを除かせている手提げ鞄を腕の中で抱えるようにして、シエテが答える。
「ノウラは昨日見てきたから、今日は寮の方でレポートまとめに専念するって。それで、ロンド君、今まで南の精霊郷(マスケットグラフ)での任務が中心で王都に来たのは初めてだって言うから、それなら少し案内しようかって、私が……」
「そ、昨日、ちょっと出歩いてみたんだけどさ。もー、何処行ってもこんな人手だろ? 道にも迷うしさ」
 その場で顔を上げて話すロンドの足元で、得意げに白狼が咆えた。
「ああ。ミーシャのおかげで、アカデミーに戻れたけどさ。どの建物も同じに見えてさ。もう少し、目印になりそうな樹が生えてりゃ良いのに」
 言いながら少年は、道案内のお礼とばかりに白狼の頭を撫でくりまわす。
 ナイアは、身体を屈めてシエテの長く下に垂れた耳に口をよせた。
「……どうして、あんなの誘っちゃうのよ」
「でも、ずっとアカデミーにばかり居るのもつまらないよ。ここでは私達の方が先輩なんだから、王都の良い所を知ってもらおうよ。ね?」
 先輩、という言葉にナイアの頬が緩む。
「まぁ、シエテがそこまで言うなら良いわ。あたしも『先輩』だし。ほら、ロンド、迷子にならないように、しっかりついてきなさい」
 ナイアは得意げに胸を反らした。
 そんなナイアと狼連れのエルフに、道行く人達の視線が集まる。シエテは頬をほんのり染めながら、二人の背中を押した。



≪To be continued.≫