アカイツキ

2006/02/19 発行
氷の魔女 著者: 紅
許されざる世界 著者: 酉 ※グロ

氷の魔女  著者: 紅


 山には魔女が棲まうと云う。
 麓の住人は雪の季節になると山に踏み入ろうとはしない。
「若さを凍り付かせたような美貌の持ち主だという」
「迷い込んだ人間の精気を喰らうそうな」
「どんな炎にも焼かれぬとの噂だ」
 ――飛び交う噂。
 憶測か、事実か。
 確かめた者は一人として居ない。
 山から還る者が居なかったのだから。

 一面が灰色に塗り潰された視界の中、旅人はただ前へと進む。
 雪を踏む音だけが足元から聞こえる。
 指先は、痺れるような寒さに痛む。
 毛皮の装備は水を吸って重く、そして凍り付いていた。
 はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……
 白い息。
 一定のリズムで繰り返される呼吸。
 旅人は凍えてはいるものの、疲れを感じてはいなかった。

 黒い壁に、更に黒く口を開けている洞窟を見つけ、旅人は滑り込む。
「やっと、着いた、な」
 人が一人ようやく通れるようなそこに、少し高い旅人の声が吸い込まれて行く。
 それは幾許かの安堵と多くの緊張の響きを孕んでいた。
 頭一つ、人よりも抜きん出た身長をこの時ばかりは煩わしく思いながら頭を低く、奥へと進む。
 真っ暗な通路を進み、やがて広い場所に出た。
 慣れた手つきでたいまつに火を灯す。
 弱々しい、けれど真の闇の中ではこれ以上なく頼れる火が辺りを照らす。
 そこは人の手が入った形跡のある……言うなれば宮殿のホールのような場所。
 磨き上げられた床は大理石さながらの輝き。
 一抱えでは到底足りそうもない丸い柱には豪奢な彫刻が施されている。
 天井はたいまつの灯りも届かぬほどに高いようで、未だ闇の中に閉ざされていた。
「ここは、暖かいな」
 古の遺跡か何かだろうか?
 旅人は最低限の荷物だけを持つと奥へ歩みを進めた。
 靴底が床に打ち付けられる硬質の音が静かにこだまする。
 どれだけ進んだろうか、旅人は歌声に足を止めた。

   貴方は焦がれるの?
   燃え上がるのかしら
   私と云う 氷を溶かせるの?

   幾百億の星を越えて
   幾千億の夢を越えて

   私に焦がれるの?
   燃え上がるのかしら
   貴方と云う 炎を頂戴

   幾百億の星の瞬き
   幾千億の生命の煌めき

 高く澄んだ女の声だった。
 何処か寂しげなそれは旅人の足音に中断される。
「どなた? 此処が私の棲み処と知っての事かしら?」
 侵入者への警戒、そして無知をあざ笑うような声。
 旅人は応えない。
 黙然と、真っ直ぐに。
 女の方へと進む。
 十段と少しの階段を上りお互いの姿が見える所で立ち止まった。
「非礼なっ、この私に挨拶も無しか?」
 女は激昂した。
 凍て付くような声が旅人の身体を刺す。
 ――否。
 事実、旅人の身体には氷柱が刺さっている。
 氷の魔法。
 水の加護でありながら性質を異にするモノ。
 旅人は鈍い音と共に倒れ伏した。
 流れる水に対し、氷は全てを凍て付かせる。
 そう、命さえも。
「何のつもり心算か知らないけれど、彼の居城に足を踏み入れたのが運の尽き、という事よ」
 女は嘲るように言い放ち、背後に向き直る。
 磨き上げられた氷の壁、透き通るその中には美貌の青年が眠っていた。
「嗚呼、何時になれば貴方は目覚めてくれるのかしら?」
 目を細め、陶然とした表情で氷壁に口付ける。
「ねぇ、名も知らぬ貴方はどんな声で私を呼ぶのかしら?」
 いつ目覚めるとも知れぬ青年に一人、声をかける。
 その応えは背後からの声だった。
「ここは、暖かいな」
 少し高い声。人より頭一つは高い身長。
 振り返った女が見たのは、確かに倒れたはずの旅人の姿だった。
「貴様っ! 何故私の魔法を受けてっ?」
 取り乱した声。
 その形相に旅人は苦笑した。
「やれやれ、魔女と云うよりは鬼女だな」
「うるさいっ! 質問に答えなさい!」
 旅人は目を細めた。暖かな口調とは裏腹に、見る者全てを凍り付かせるような氷青色の瞳。
「生憎と、そう簡単には死ねなくてね」
 自嘲を孕んで。
「それに、貴女の氷は……そう、とても暖かい」
 何処か羨むように。
「言うなれば、貴女が彼に抱く慕情がそうさせるのかもしれないね」
 悲しげな表情で、女の背後の氷壁を指し示した。
「彼は、彼は私のものよ! 誰にも、誰にも渡しはしないっ!」
 激昂はそのまま魔力の奔流となり旅人に襲い掛かる。
 吹雪。それよりも冷たい、吹雪。
 けれど旅人の顔色は変わらない。
「……羨ましいね、その情熱が。焦がれる想いが」
 今にも泣き出しそうな表情で。
「けど、だからこそ貴女の氷は暖かい」 
 女は目を見開いて旅人を見る。
「貴女の氷は溶けているんだよ。彼に焦がれてしまったその時からね」
 歌では彼が焦がれていると。
 けれど、焦がれているのは女だと。
「違う! 私に焦がれる彼が目覚めるのを待っているだけ!」
 再度、魔力の奔流。
「……氷の、魔女。か」
 旅人のため息。
 腕を振り上げ、女を指し。
 声を張り上げた。
「その名は貴女には相応しくはない! 焦がれ、燃え上がるなら!」
 女の豪奢なドレスの裾が燃え上がった。
 それは瞬く間に女の全身を包む。
 それは魔法。
 氷を溶かす炎?
 否。
 それは――
 炎をも凍て付かせる、青い……
 焔。
「これ、は……?」
 女は信じられないような表情で凍り行く自分の身体を見、そして旅人を見た。
 はらり、と毛皮のコートが床に落ちる。
 そこに居たのは、簡素な白い衣装の、けれど見る者には気高さを喚起させる……
「氷の……魔女」
 女はその一言を最後に、細かな氷晶へと成って散った。
「だから、暖かいと言ったんだよ、炎の……魔女さん?」
 旅人……いや、居城を取り返した魔女は寂しげに呟いた。
 氷青色の瞳が氷壁を見る。
 そこには青年が眠っていた。
 昔も、今も、そして、きっと明日も。
「何時になれば目覚めるのかな、君は」
 応えはない。
 ただ、魔女の声だけが氷に吸い込まれて行く。
「君が起きなければ私は人として死ねないじゃないか」
 
   殺しても
   殺しても
   殺しても

   ――死なない

「いや、魔性としても死ねない」
 ぎり、と歯を噛み締める。

   燃え続けても 燃え尽きる事なく
   凍てつく様に 形だけを留め

   けれど 熱く 燻り続けるような 焔

 焔の色をした青年の髪。
 きっと瞳の色も鮮やかな焔色なのだろう。
 今やそれを覚えているのは魔女だけだった。
 懐から澄んだ橙色の珠を取り出す。

   ああ いっそ凍り付いて 砕けてしまえば いいと

 そ、っと氷壁に手を触れる。
 冷たい。
「これも、無駄……か」
 解っていたけれど、というような声。
 砕けた橙色の珠を踏みにじる。

   そう いつか燃え尽きてしまえば いいと

「君を、好きになれたらこうはならなかったのかもな」
 かつては人であり、人で無くなった女は魔女と呼ばれた。

   燎原の火のように
   あるいは
   吹雪の風のように

   燃え上がり 凍り付いて

   風は止まず
   焔は消えず
   そして
   凍れる焔は
   彼方 忘れられるまで

「早く、私を、魔女を殺してくれないか?」
 応える声は無く。
 呟きは氷に吸い込まれて行った。


おわり


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許されざる世 著者: 酉


 鳥がさえずり、山の向こうまで雲一つ無い青空が続いていた。
 今日は気持ちの良い天気だ。
 きっと仕事もスムーズに進むだろう。
 晴れ晴れとした。
 いい日だ。

 木を打ち鳴らす音が空の中に響いた。
「罪人は死刑。罪を負わせる隙を作った被害者と罪人を育てた肉親、罪人の育った環境を構成する兄弟、友人、周辺の住人は追放とする」
「そんなっ。何故私が」
 席を立ったのは被害者だ。
「罪人に罪を負わせた罪だ」
 次に席を立ったのは罪人の身内だ。
「俺らは関係ないね。あいつが勝手にやったことだ」
「監督不届き。罪人の異常に気付けず、そうやって追いつめた罪だ」
 次に立ち上がったのは、罪人の付近の住人だ。老婆は罪人一家を指さして、声をあらげた。
「そうだ。あんたたちがしっかり見てないのが悪いんだよ。この年になって追放だって? 冗談じゃない。裁判官、あたしは関係ないよ。向かいの家のことなんて、知りようがないじゃないか」
「知ろうとせず、見て見ぬふりをした罪。これは罪人の友にも言える」
 次々に異議を唱える声があがるのをハンマーの音が制し、裁判は閉廷した。

 人は私をやりすぎだと責めたて、もし自分の肉親や友人、近所の者に犯罪者がでても同じ事をできるのかと問う。
「これはおかしなことを言う。私は公平さをきたすためだけにあなたがたが生み出した者だ。肉親も知人も隣人も、私の住まうところには存在しない。そう、あの青い空が罪を犯したときこそ、私がともに裁かれるとき」

 あの青い空しか、私にはないのだから。


 ハンマーが叩かれ裁判が始まる、罪状は空を赤くした罪。私は罪人として、引きずり出された。
 私の座っていた席には別の男、新しい裁判官。
「空が赤くなるのは当然のことだ。時は流れ、日はやがて西の空に落ち、夜の帳が降りる。それを罪だと呼ぶのなら、青空の元に暮らす全ての者が裁かれてしかるべきだ」
 私の言葉に裁判官は意地の悪い笑みを浮かべた。
「だがお前さんはこう言ったことがある"あの青い空が罪を犯したときこそ、私がともに裁かれるとき"とね。お前さんは口実を与えてしまったのさ。もうひとつ、罪状がある"人が人を裁いた"罪だ」
 満員の傍聴席から拍手がわき起こる。
 私は生まれて初めて面白いと思った。
「それではお前も裁くことはできまい。どんな言い逃れを私に示すのか」
「俺はあんたを止めるために新しく作られたロボットさ。今の法律ではロボットが判決をしてはならないとはどこにも明記されていない。人は人による厳格な裁きより、ロボットによる穏和な裁きを望んだのさ」
「私の時とは方針を変えたか。さながら私にかかる罪は、人が人による裁きを悪しとするのに気付けなかった罪か……それで、私の刑はなんだ」
「おまえさんの罪は、非のない立場に立っていたことさ。一方的に裁き放題だったのがいけない。そして、そんな裁判官を生んだのは人だ。故に我々は人類の滅亡をもって刑の執行とする。罪人は最後の一人になるまで、延命処置を行い全てを見届けろ!」
 三方全ての扉が一斉に開かれ、黒光のするロボットが、両腕を傍聴席に向けた。
 叫び声をあげて人々が立ち上がる時には乾いた音が三方向から雨のように打ちつけた。
 イスを砕き肉をえぐり、ぶちまけた鞄の中身に血と肉片がそそがれる。
 私は耳を塞いだが、目の前の光景に釘付けになった。
 骨が砕け散り、血煙が沸き上がる。息をするだけで鉄の香り喉に張り付く。
 銃撃がやむと私はむせかえる血の香りの中、声をあげた。
「空を赤くしたのが罪だというのなら、青空が戻れば無効になる。違うか」
「では、晴れの日は刑の執行を中断しよう。…連れて行け。万が一でも自殺されぬよう、口をおさえ四肢を拘束、そして全ての裁きをみていだだく」
 私は車イスへと固定され、舌を噛むことも許されない。
 夕闇の空の中を人があらがい、逃げまどい、武器を手にして死んでゆくのをただみることを要求された。


 空が晴れれば、私は処刑が完了した町にはなされる。死体は膿んで虫がわき、私は腐った食べ物の中から無事なものを探す。
 私は面白いと思った。私が青空の下で死ねば、罪人はいなくなり、処罰が変更されるだろう。それはもったいない。裁判にもあきていたところだ。この処刑にあきるまで続けよう。幸い。私は人に情など、はなから持ち合わせてなどいない。
 缶詰と飲料水をかかえて店をでると、太陽のまぶしさに目が眩んだ。

 ああ、今日もいい日だ。


おわり


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ことのは
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