ことのはぷち+

2005/11/06 発行
道化師 著者: 酉
うさんた 著者: 紅
未来都市ヴァチカン ゲスト: のりたま

道化師  著者: 酉


 ひとりの道化師が居た。
 彼はとても上手におどけて見せたので、いつも沢山の拍手を貰っていた。彼の演技に道行く人は誰もが足を止め、腹を抱えて笑った。
 街で彼のことはちょっとした評判になっていた。

 ある日、彼は病院に来て欲しいと頼まれた。
 みんなを元気づけて欲しいと。
 無償の仕事だったが、彼は喜んで引き受けた。
 陰気な病院は、たちまち陽気に包まれた。子供たちは彼を囲み、老人達は顔を破顔させた。
 窓辺で車椅子の少女が、口元を手で隠してクスクスと笑った。目があって、彼がスマイルを見せると彼女はそっと微笑んだ。

 彼は車椅子の少女に恋をした。

 その日から、彼は少女の病室に通うようになった。
 彼はいつも自分が渡せる最高のプレゼント――
 笑い≠用意していた。
 赤い木の葉が落ち、木枯らしが吹きだした。
 少女は何度も手術を行ったが、次第にベットから起きあがることもできなくなっていた。長い入院生活で少女の頬はこけ、腕は骨のように細くなっていた。
 それでも彼は、少しでも少女を笑わせようと、道化を演じ続けた。

 そして街をイルミネーションが彩る頃、少女はいなくなった。


 最後にあった日、最後に交わした言葉を彼は思い出せなかった。
 ただあまりの悲しみに、茫然としていた。
 少女の身体に花を手向けて、やっと彼はある事に気づいた。

 自分は、彼女に一度も好きだ≠ニ伝えていなかったことに。


 この街には昔、評判の道化師がいた。


****


 涙の化粧をした道化師は、泣いた顔のままで舞台を過ごす。演目が流れ、華やかな舞台をみんなと一緒にみても、彼のメイクは涙のまま。
 そうしてみんなが道化師の事を忘れたかけた頃、彼はにっと笑って、涙のメイクをハートに変えた。

 道化師は笑っていた。
 彼女のくれたハートと共に。

 笑うことしか知らなかった道化師は、悲しみを覚えて、涙におぼれた。彼女の最後を笑って見送ったとき、彼女は彼の笑顔を持ち去った。
 笑えなくなった道化師は、メイクを落として町を彷徨った。

 誰かが噂していた。
「街で一番の道化師が消えた」
「長い冬もあいつが居ると、暖かかったのに」
「あの、おにーちゃんは?」
 せがまれて、彼は一度だけのつもりで、昔の道具を引っ張りだした。昔と同じ、赤い大きな鼻に口を大きく見せるメイク。ただひとつだけ、彼の化粧には涙のマークが増えていた。
 こうして街に道化師は帰ってきた。
 どんなに人に笑って貰うときも、滑稽な演技をしてみせるときも、彼の顔にはいつも涙があった。
 彼が悲しみの虜であることを示すように。
 街の人たちは、そんな彼の気持ちには気づかず、ただ彼の再来を喜んだ。
 笑いころげた子供は言った。

「笑いすぎて、涙がでちゃった」

 道化師は手を止めた。
 黄色や緑のカラーボールが床に弾んだ。
 彼女と共に笑えなくなったと思っていたのに。
 子供には笑っているように見えているじゃないか。

 彼は、失った自分の笑顔が、ずっと側にあった事に気がついた。
 彼女は、彼の笑顔を奪っておらず。
 彼はもう悲しみを乗り越えていたのだと。
 床に弾んだボールを、彼はしっかりと捕まえた。

 子供たちは、道化師の顔を指さした。

「ほら、みてよっ。涙がハートになった」

 こうしてこの街一番の道化師は、この国一番の道化師になった。
 彼女のくれたハートと共に。

****

 次の春までもたないだろうと言うことは、わかっていた。
 それでも、彼は最後まで彼女を笑わせようと一生懸命だった。どんなに寒くても、辛くても、彼の笑顔は暖かかった。
 ベットから身体を起こすのが精一杯の少女は言った。
「私、いつか貴方の舞台を見てみたいわ。みんなで声をあげて笑うの」

――その時は、貴方の一番よく見える席に私を招待してね。


おわり


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うさんた  著者: 紅


 一二月二十四日深夜──
 クリスマス・イヴ。世の子供たちがサンタクロースを夢に見ている、そんな時間。
 黒い空に黒い鳥。否。ローター音を極限まで抑え、どんなレーダーにも映らない黒塗りのヘリが一機。
 とあるマンションの屋上近くに滞空すると、ハッチが開いて長いタラップが投げ下ろされる。
 そして。
 これ以上無い隠密行動のヘリから現れたのはこれ以上無いほど派手な赤い衣装に身を包んだ少女一人。
 少々、一般に知られている物と違う事を除けばその衣装は紛れも無く「サンタクロース」と呼ばれる者のそれだった。
 この寒空の元、スカートの丈は短く、肩が出ている。肘上までの手袋も赤なら、足許のブーツも赤。背には白い袋を背負って。
 赤い瞳は子供の居る部屋の窓に目星をつけ、赤い帽子から垂れた長い耳は室内の音までも聴き分ける。

「よっし、このマンションはこの部屋で終わりっと」
 上階の部屋、そのベランダに音も無く降り立つと、ポケットから何やら取り出してガラス戸に取り付く。
 きぃっ……かたっ
 ガラスをなぞり、吸いつけた吸盤を引く。半円状にガラスが外れ、クレセント錠を難なく外し室内へ。
 うさぎの獣人である彼女──ある人は「うさんた」などと呼ぶが──は足音も無く子供部屋に侵入すると、枕もとにプレゼントの大きな箱を置いて立ち去る。

 再びベランダに出るとタラップをつかむ。
 と、何か冷たいものが鼻先に触れた。
「冷えると思ったら、雪かぁ」
 はらはらと舞い散る雪が黒い空に白い斑点を生む。
 くしゃみがひとつ。
 身震いひとつ。
 室内の住人に気付かれたのでは、と耳をそばだてて様子をうかがい、胸をなでおろす。
 タラップを登りながら、ぶつぶつと。
「あと、千八百四十二件って……はぁ、長老も人遣いが荒いんだからっ」

 雪の降る空をヘリが行く。見習いサンタのうさんたを乗せて。
 彼女が一人前になるのはまだまだずっと先のお話。

「……メリー・クリスマス、また来年会いましょ」


おわり


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